ある小説の中に、世界を旅して「何を祀ってあるのかわからないんだけど、地元の人が拝んでいるものには手を合わせることににました。そうしたら、なぜか商売がうまくいくようになったんですよ」というフレーズがありました。SFだし、本筋とはまったく関係ないんだけど、心に残った一節です。そんなわけで(どんなわけで?)、日々の何気ないできごとを綴ってみようかと思います。
2007/07/10  (火) 

法多山尊永寺「万灯祭」

テキヤ物語」のロケーションとして法多山尊永寺(静岡県袋井市)がでてきます。これからですけど(^_^;) 地元では有名なお寺のようですが、聞いたことがなかったので、一度、たずねてみたいなと思っていたのです。今日は、その法多山の「万灯祭」だというので、ちょっと足を延ばしてみました。って、何も5・10日でしかも雨の日にいかなくてもねぇ(笑) とはいえ、片道240キロ余り、東名は思いがけずすいていました。

 
法多山でも、7月10日は一年でもっともご利益のある日。1日で4万6千日分のご利益の日です。昨日と合わせれば、250年分ぐらいOKですね(^_^;) この日にご本尊の厄除観世音に灯りを献ずれば、そのご利益はさらに倍増するといわれ、境内には献灯がたくさん並びます。それで古くから「万灯祭」と呼ばれているそうです。

  
あいにくの雨で、しかも平日の昼間ですから、善男善女の姿はまばらでしたが、夕方6時を過ぎて、灯籠にあかりが入れられるころになれば、きっと多くの人々が参詣に訪れたのでしょう。残念ながら夜まではいられなくて。
  

万灯祭にあわせて「厄除ほおずき市」も開かれていました。ご本尊の前で厄除祈願をされた鉢植えのほおずきだそうですが、境内のちょっと下に仮説店舗が2軒でていました。ほうずきは、「四万六千日」の縁起物として一般的なようですね。

 
いや、しかし、広い! というか、参道の入り口にある「仁王門」をくぐってから、本堂の見えるところまで1キロぐらいあるのではないかしら? 道の両側には何もなく、緑深い土の道ですから、遠くても苦にはならず、むしろ気持ちのいい散歩道という感じですけど。
 → →

そして、いよいよ本堂に昇る。そう、昇るんですよ、階段を。試しに数えてみたら、本堂の下のほおずき屋さんの出ている踊り場のようなところまでで、122段ありました(-_-;) それからちょっと私は横に外れたのですが、まっすぐ昇れば、あと20段ぐらいはありそう。

 
帰りに写真を撮っていたら(本当は下山道は別なルートになります)、昇ってくるお参りのお年寄りがが「うわぁ〜」とか「ひぇ〜」とか言っていて、「もう少しですか?」と聞かれたので、「いえ、まだ倍以上あります」と答えたら、絶句してました。その方も初めてのお参りだったんですね。
 

下山ルートに一軒だけ、お団子家さんがあり、名物らしいです。厄除け団子、自動チケット販売機があり、チケットを買ってお皿を受け取るようです。なんだかな(笑) 私は甘いものはどちらかといえば苦手なので、素通りしちゃいましたが。

 下山道には不動明王像も

 
「仁王門」は歴史を感じさせる渋い門でしたが(重要文化財)、参道の中間ぐらいにある「黒門」も立派。この奥にある「本坊」もどっしりとした重厚な建築でした。

仁王門   黒門

 
明日、筋肉痛にならねばいいのですが(-_-;)



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2007/07/09  (月) 

浅草寺「ほおずき市」

浅草寺のほおずき市に行ってきました。平日の昼間にもかかわらず、けっこうな人出でした。週末の三社などに比べれば、「お参りできない!」っていうほどの人ではなかったので、ちょっと並んで正面からお参りしてきました。
  
この日は 「四万六千日」と呼ばれ、この日にお参りすると4万6千日分お参りしたのと同じ御利益を得られるという観音詣での縁日です。えーと、126年? よしっ、一生分はすませたぞ(笑) みんな欲張りだから、この日の参拝は江戸時代からずいぶん賑わっていたらしいです。
 
この縁日には浅草寺境内にほおずきの市がたちます。四万六千日のお参りのおみやげにほおずきが売られたことから、いつしか「ほおずき市」といわれるようになったようです。毎年7月9、10日の両日、境内一帯にたくさんのほおずき売りの出店が並び、たこ焼きやお好み焼きの店も出で、多くの人で賑わっています。
  
ほうずきの鉢と風鈴をセットにして釣り下げたよしずばりの店は、いかにも東京下町の夏の風物詩という感じ。
 

7月9日か10日に参拝すると、4万6千日お参りをしたのと同じご利益があるとされ、江戸時代より、この日の参拝は盛んだったそうです。赤い実が雷よけのおまじないになるそうです。
 
ほおずきの笛をつくったことがありますか? 赤い実の皮を破らないようにして中の種を出し風船のようにして、鳴らす笛です。幼い頃、向島のおじさんに作ってもらって、うまく鳴らせなかったなぁなんてことをふと思い出しました。
 
明日もやってます。「縁日ガイド」にアクセスを掲載しておきました。行ってみてはいかがでしょう?



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2007/07/08  (日) 

六義園散歩

友人とちょっとこみいった話があったので、六義園(東京都文京区)で、散歩してきました。面倒な話というか、あまり他人に聞かれたくない話というかは、歩きながら話すほうがいいかなという感じで。
 
六義園は都立庭園ですが、五代将軍綱吉の側用人柳沢吉保の下屋敷だったところで、それは見事な日本庭園であります。広い敷地の中に池あり、川あり、峠あり。茶屋あり、鯉あり、亀もあり。吉保が、和歌の世界を庭園で表現しようと設計、開園させたものだそうで、平坦だった土地にに丘や池を掘り、見事に具現したということですが、松の枝ぶりなんかとても美しく、恐るべし、柳沢吉保!
 
いまは季節的に緑が濃くて、花はアジサイが終わりかけてる……って感じですが、ツツジや枝垂桜なども有名なようですね。整備も行き届いていて、いまでも有数の日本庭園といえるのではないでしょうか。完成当時は、小石川後楽園と並び二大庭園といわれたそうです。
  
その後、柳沢家の別荘として使われていたのを、明治になって岩崎弥太郎が買い、1938年に東京都(そのときは東京市)に寄贈されたそうです。岩崎弥太郎もあちこちの公園を買いまくった?ようで、昔の金持ちは半端じゃないなぁ。
 
池にはでっかい鯉がいっぱい泳いでいて、将軍は? という感じです(笑)。それより、亀が佃煮のようにいたのでびっくり。これ外来種? などと話していましたが、下調べなしなので、「はぁ〜」とか「ほぉ〜」とか、感心して歩いていただけでした。
 
六義園は「りくぎえん」と読みますが、中国の詩の六義(分類法)にならった和歌の分類の六体に由来したものだそうで、漢音読みで「六義」を「りくぎ」と読むことから、そう読み慣わしているそうです。



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2007/07/07  (土) 

「湘南ひらつか七夕まつり」

今日は七夕ですね。中国の伝承「七夕(しちせき)」と日本の伝承「棚機(たなばた)」に類似点が多く、「七夕」を「たなばた」と呼ぶようになったと「ことばおじさん」に教わりました。せっかくだから、関東では有名な平塚に行ってきました。

 
九州地方では大雨で大変なようですが、平塚はときおり小雨がパラついた程度。曇り空で暑すぎることもなく七夕祭日和だったかもしれません。織姫さまと彦星さまはめぐりあえたでしょうか、気になり……ませんね、別に。他人の恋路はどうでもいい(笑)

  
七夕祭といえば、仙台も有名ですね。平塚は7月5〜8日、仙台は旧暦でしょうか、8月初旬ですが(2007年は8月6〜8日)。そのほかにも全国で七夕のイベントが行われているようです。
 

仙台に行ったのは、もうン十年前なのでよく覚えていないのですが、平塚の七夕飾りは仙台より低いというのか、人に近いような気がしました。大きくてさまざまな色や形の七夕飾りが頭上近くではためいているのは、なかなかの迫力です。

  
数多くの工夫を凝らした七夕飾りを見て歩くのはもちろんですが、メインストリートをはじめ、行き交う小路に所狭しと立ち並ぶ露店を冷やかして歩くのがいちばんの楽しみかもしれません。駅の近くなどは一方通行で人の流れに逆らうことは不能のすごい混雑で、露店で何かを買って食べるなんてことは絶対に無理!って感じでしたけど。

  
浴衣姿のきれいなお姉さんたちや家族連れの姿をたくさん見かけました。もちろん迷子の呼び出しも頻繁(笑) 子どもたちの泣き叫ぶ声やダダをこねる大声など、ご家庭のしつけの垣間見える空間でもありましたね。うるさいんだよ〜、このガキが(笑)

  
100円で売っている短冊に願いごとを書いて笹の葉につるすイベントもやっていました。けっこうぎっしりみなさん、書いてます。デートの日(?)らしく、「彼氏ができますように」系が多かったような(^_^;)
縁日ガイド」にもいくつかの写真をご紹介してあります。



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この記事へのコメント

 ひらつかまつり

昼間いってんか、どうりで、背景があかるいと思った。

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2007/07/06  (金) 

善光寺(甲斐霊場第1番)

川中島の戦いのとき、武田信玄が信濃善光寺が戦火に消失するのを恐れてご本尊の阿弥陀如来をはじめ、数々の寺宝を甲府に移し、甲斐善光寺をを建立して、こちらに収めたということになっています。長野県人に言わせると、「奪われた」と(^_^;)  これが1558(永禄元)年のことらしいです。武田滅亡後、ご本尊は織田、徳川、豊臣を流転し、1597(慶長2)年に秀吉によって信濃へ返されたと伝えられています。
 
本堂の建築は信濃と同じ規模と形式が取られたという資料が残っているそうですが、1754(宝暦4)年の火災で焼失し、現在の金堂、山門は、1796(寛政8)年に再建されたそうです。撞木造とよばれる形式で、善光寺建築ともいわれるそうです。高さ27メートル、奥行49メートル、日本有数の木造建築として、重層建築の山門とともに重要文化財に指定されています。かなり遠くからもしっかり発見できる立派な建物です。
 
本堂の天井には竜の絵が描かれていて、手をたたくと反響して共鳴が起こります。いわゆる「鳴き龍」と呼ばれますが、ここの鳴き龍は日本一の規模だそうです。信濃同様、痛いところを撫でると治るというおびんずる様も鎮座していらして、みなさんにさすられてだいぶ痩せておられました。
  
本堂の下には、お戒壇廻りもありました。闇の中を手探りで歩いていくと中程に扉があり、その鍵に触れると仏様と縁をもったことになり、ご利益を得ることができるという仕掛けです。このお戒壇廻りは信濃善光寺にもありますね。信濃で廻ったことがあるので、今回はやめました。NHK大河ドラマ効果はてきめんで、平日なのに観光客がけっこう来てましたので。
 
善光寺といえば牛でしょう、というわけで境内には牛塚もありました。信濃善光寺ほどの規模や賑わいはありませんが、こじんまりした風情のあるたたずまいを見せています。
  
ここが甲斐百八霊場の第1番。御朱印帳を買って、さっそく1ページ目に御朱印をいただきました。いざ、第2番光福寺へ。

 御朱印帳1500円也



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霊場めぐり
大雨と台風